大判例

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最高裁判所第二小法廷 昭和60年(あ)530号 決定

本店所在地

大阪市北区池田町九番七―六一三号

グランドピア北天満六階

有限会社徳島商事

右代表者代表取締役 吉村一郎

本籍

大阪市北区梅田一丁目八番地

住居

大阪府豊中市東寺内町一一番二三

緑地東グランドマンション五〇六号

賃貸業等

高橋カイ

大正九年八月一〇日生

右の者らに対する各法人法違反被告事件について、昭和六〇年三月一四日大阪高等裁判所が言い渡した判決に対し、被告人らから上告の申立があったので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件各上告を棄却する。

理由

弁護人大槻龍馬の上告趣意のうち、違憲(二九条一項違反)をいう点の実質は、事実誤認の主張であり、その余は、すべて単なる法令違反、事実誤認の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由に当らない。

よって、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 牧圭次 裁判官 島谷六郎 裁判官 藤島昭 裁判官 香川保一 裁判官 奥野久之)

昭和六〇年(あ)第五三〇号

○上告趣意書

法人税法違反 被告人 有限会社徳島商事

同 被告人 高橋カイ

右両名に対する頭書被告事件につき、昭和六〇年三月一四日、大阪高等裁判所が言い渡した判決に対し、上告を申立てた理由は左記のとおりである。

昭和六〇年六月二二日

弁護人弁護士 大槻龍馬

最高裁判所第二小法廷 御中

一、原判決は、判決に影響を及ぼすべき重大な事実誤認ならびに法令の違反があって破棄しなければ著しく正義に反するのみでなく、憲法二九条一項の趣旨に違反する。

1、タオル使用料等収入に関する原判決の事実誤認

(一) タオル使用料等収入に関して原審で判断を求めた事項は次のとおりである。

〈省略〉

(二) 右に対し原判決は、

関係証拠によれば、掃除代及び食事代は、昭和五一年七月二三日から、タオル使用料は、同年一〇月一日から、ミニコール代は、昭和五二年四月一日から(いずれも右事業年度末まで)それぞれこれを徴収したとした第一審判決の認定は、相当であって食事代及びミニコール代に関する第一審判決の説示は、当裁判所も首肯でき(タオル使用料を昭和五一年一〇月一日から徴収していたことは、収税官吏高田貞夫に対する昭和五二年一一月二四日付質問てん末書によって明らかである。)、これに基づきタオル使用料等収入(右四者を含む)を合計一、一九一万八、三〇〇円と認めた原判決に誤りはない。所論にかんがみ、当審において被告人高橋カイに対する詳細な質問を許容し、その結果を加えて検討しても、右判断を左右するに足る事由はこれを見出しがたい。

と判示して右主張を排斥した。

(三) 而して、右のうち食事代及びミニコール代について第一審判決は、「被告人高橋カイ自身収税官吏の同被告人に対する昭和五二年一一月二〇日付質問てん末書では、食事代一、〇〇〇円については、開店当初より徴収していたことを認めており、何故供述を変えるにいたったかその理由が明らかではない。高田貞夫の検察官に対する供述調書、収税官吏の同人に対する同五二年一一月二二日付同二四日付各質問てん末書によれば、開店当初より食費として一、〇〇〇円を同五二年四月頃よりミニコール使用料として一、〇〇〇円を各徴収していたことが認められ、右供述調書はいずれも供述者の記憶の新鮮な時期にとられたものであり、供述者自身も供述当時においては、本件と利害関係の存しなかった点を考慮するとその供述内容は措信でき、これに反し、被告人の当公判廷における供述は信用性が乏しいと考えられる。」と判示し、原判決は右説示は首肯できるというのである。

(四) 第一審における右判示は、調査・捜査段階における関係者の供述調書のみを巧みに組み合わせて事実認定をなしたもので、形式上理路整然としているかにみえる。

ところで第一審の審理においては、弁護人に反証の機会を与えず、(刑訴法三〇八条違反)裁判官の夏期休暇に判決書を書きたいから、休暇に入る前日の昭和五七年八月九日に弁論をせよとの極めて強引な訴訟指揮によって結審を急いでおり、そのうえ判決において調査・捜査段階における供述のみで事実認定がなされているのであるから、起訴事実をそのまま認める結論に到達するのは当然である。

原審においても、申請証人奥野一義・斉藤光雄の取調をしないで、被告人高橋カイの本人質問だけでは千万言を費やしても捜査段階における供述の方を信用するという原則に従うのであれば、第一審の結論を支持するだけで真相を探究することは到底できない。

(五) 第一審判決や原判決は、被告会社がホステスに提供した食事とは一体どのようなものであると考えているのであろうか。

被告会社が開店当初よりホステスから一日、一、〇〇〇円の食費を徴収していたという第一審判決は、収税官吏の高田貞夫に対する昭和五三年三月三日付質問てん末書により、食費の原価を五〇〇円として計算した。

ところが、符第一三号被告会社の総勘定元帳では、食事の原価となる調理材料関係の支出は、福利厚生費の勘定科目において、主食にあたる米代金として

昭和五二年三月二二日、平井米穀店支払分、五八、六〇〇円

の支払があるだけで、右以外には主食及び副食を含めて調理材料の支出は一切計上されていない。

右の五八、六〇〇円の米代は、被告人高橋カイがホステスに食事を提供し、食事代一日一、〇〇〇円を徴収した期間は、昭和五二年二月初から同年四月末日までであったと述べていること、この間に提供された食事の合計は一、六四一食であることに一致する。

もし第一審原判決のいうように、昭和五一年七月二三日の開店当初からホステスに食事が提供されていたのであれば、その材料となる米代は当然総勘定元帳に前記五八、六〇〇円以外に記載がなされている筈である。

被告人高橋カイや高田貞夫の、調査・捜査段階における供述は、総勘定元帳の記載と符合していない。ややもすれば、多額の反則所得を算出して徴税成果を挙げることのみに努力する査察官や、犯則嫌疑者の供述よりも査察官の調査結果を信用する検察官が作成した供述証拠を、記憶が新しい時に作成されたものであるとか、それらの文の表現を見て辻褄が合っているとの理由だけで全面的に信用性を認めるというのは極めて安易な思考であってこれによって完全なる真相を把握することは不可能である。

〈省略〉

従って、第一、二審において被告会社がホステスから徴収したと認定した食事合計は六、二〇三、〇〇〇円という多額のものになる。

而して被告人高橋カイの法廷における供述と前記総勘定元帳の記載を綜合すると被告会社が食費を徴収した金額は、昭和五二年二月初から四月末までの一、六四一、〇〇〇円(一六四一人分)であることが明らかであるから、原判決は右の点について重大な事実誤認を犯しているのである。

(七) 而して右のような重大な事実誤認は、第一、二審を通じて刑事訴訟法三〇八条に違反し、弁護人の反証活動を制限した審理不盡に基くものであって、その結果被告会社は不当な租税債務の負担を強いられ憲法二九条一項の趣旨に違反して不当に被告会社の財産権を侵害するものであるから、原判決はこれを破棄しなければ著しく正義に反するものといわねばならない。

2、交際費中株式会社大松に対する五四、二四六円の支払に関する原判決の事実誤認

(一) 弁護人は、昭和五一年九月二八日株式会社大松に対する五四、二四六円の支払は、入浴客に対する茶菓子代であるとの被告人高橋カイの法廷供述及び、右支払に関する株式会社大松名義の領収証の存在ならびにその取扱者として西岡なる記載があるので、右領収証発行当時西岡姓の女店員がいたことの立証となる所得税源泉徴収薄写によって右五四、二四六円は交際費として認定すべきものであると主張した。

(二) 原判決は、右主張に対し、

所論の指摘する交際費は、株式会社大松に関する五万四、二四六円の(昭和五一年九月二八日付領収証(当裁判所昭和五八年押第一三〇号の二七雑書綴中のもの)によるもの)、カフェシャタンに関する一、三〇〇円(同年一二月五日付領収証(同押号の二八領収証および請求書綴中のもの)によるもの)、キャバレーハワイに関する一万二、六七〇円(同月一四日付領収証(同押号の三〇領収証綴中、大融寺ハワイ店名義の公給領収証)によるもの)、鳥料理てころに関する一万一、七〇〇円(昭和五二年二月二日付領収証(同押号の二七雑書綴中のもの)によるもの)、以上合計七万九、九一六円であるが、これらの各支出を被告会社の簿外交際費として認定しなかった理由として第一審判決の説示するところは、当裁判所もこれを首肯することができ、第一審判決の事実認定に誤りはない。

と判示して右主張を排斥した。

(三) 而して第一審判決の右に関する説示は次のとおりである。

株式会社大松に関する五万四二四六円については、被告人高橋カイは当公判廷で入浴客に対する茶菓子代と供述するが、右供述が真実であれば、毎月同社に対する出費が存する筈であるのに、押収された証拠物中には他の月の領収証は一切見当たらないこと、又公表計上も一切されていないこと等に照らすと、被告人の右弁解は措信し難く、他に被告会社の交際費として出捐したとの証拠も存しないので、被告会社の簿外交際費としては認定しない。

(四) ところが、符第一三号の総勘定元帳のうち交際接待費の科目を見ると、

昭和五一年一二月一四日(株)大松に対し、三〇、七九四円

の現金支出が記帳されている。

そうすると、入浴客に対して茶菓子の接待をしたという被告人高橋カイの供述を否定し去ることはできない。

公表計上も一切されていないと判示する第一審判決は、関係者の供述証拠だけに頼り、物証を全く無視しているのである。

三万円以上あるいは五万円以上もの多額の茶菓子を領収証の宛先である徳島商事以外の職場や家庭でこれを使用するようなことはない。しかも右領収証が当時の株式会社大松の西岡女店員によって作成されていることが明らかであるのに原判決がなおも第一審判決の説示をもって首肯することができるというのは、第一審判決は正しいから正しいということだけのことであって、何故正しいかという理由を欠いている。原判決は、株式会社大松への支出が公表上一切計上されていないという明らかに誤った第一審判決の事実誤認を肯定するのであろうか。この点に触れると第一審判決の説示をもって首肯することができるという結論を導くことができないので、わざと避けたものとしか考えられない。

いずれにしても原判決は刑事訴訟法四四条一項に違反して判決に理由を附さなかった違法があるとともに、重大な事実の誤認があり、その結果被告会社は不当な租税債務の負担を強いられることになり、憲法二九条一項の趣旨に違反して不当に被告会社の財産権を侵害するものであるから、原判決はこれを破棄しなければ著しく正義に反するものといわねばならない。

3、第一審判決の事実誤認が判決に影響を及ぼさないとした原判決の誤りについて

(一) 原判決は、弁護人の事実誤認のうち、広告費について、次のとおり判示した。

第一審証人大田桂子の証言によれば、株式会社図南作成名義有限会社徳島商事あての、昭和五一年一〇月二〇日付金額一一八万円の領収証及び同年九月〆日付の同金額の請求書(第一審第八回公判調書中同証人に関する証人尋問調書末尾に各写し添付)は、株式会社図南(同年七月三日倒産)名義でこれを作成する権限にある者によって作成されたものでなく、偽造にかかるものであることが認められるが、同証言のその他関係証拠によれば、右領収証は、同会社に出入りしていた岩井喜代士が同会社の領収証及び印鑑を使用して作成し、被告会社に差し入れたものであることを推認することができる。

これに加えて、右証言のほか、収税官吏の高田貞夫に対する昭和五三年三月三日付質問てん末書、第一審証人森山卓雄の証言並びに被告人高橋カイの第一審及び当審公判廷における各供述その他関係証拠を綜合検討すると、被告会社が「トルコ太閣」開店の際、その宣伝のため、ブローカーの岩井喜代士に依頼し、同人を通じて業者に捨て看板一、五〇〇本を作成させて街頭に取りつけたほかサウドィッマンを使用した事実があり、岩井が、その対価として受領したサンドウィッチマン賃金二〇万五、〇〇〇円捨て看板代九七万五、〇〇〇円(単価六五〇円)、合計一一八万円に関する請求書及び領収証として、なんらかの理由により上記偽造にかかる請求書及び領収証を被告会社に差し入れたという合理的な疑いがあるといわなければならない。そうだとすると、右金員から、税務当局によって広告費として認められ第一審判決も同様に認定されている、公表処理の同年九月三日付岩井(岩井喜代士と同一人と認める。)あて支払にかかる一〇万円(これは、被告人高橋カイの当審公判廷における供述によって右契約の手付金と認められる。)及び簿外の立て看板五〇〇本(捨て看板と同じものをいうものと解される。)の代金三二万五、〇〇〇円(単価六五〇円)を差し引いた残額七五万五、〇〇〇円は、広告費として損金に計上すべきものと認められる。したがって、これを否定した第一審判決は事実の認定を誤ったものといわざるをえない。

(二) さらに原判決は、右の事実誤認が判決に影響を及ぼすか否かについてつぎのとおり判示した。

そこで右広告費に関する事実誤認の判決に及ぼす影響について検討すると、右広告費七五万五、〇〇〇円を被告会社の損金に計上して、第一審判決判示事業年度における被告会社の実際総所得金額、法人税額及びほ脱額を算出した結果は、別紙(二)税額計算書記載のとおりであって、これを第一審判決の認定と対比すると、総所得金額において七五万五、〇〇〇円の減少をきたすことにより、法人税額、したがって法人税ほ脱額において三〇万二、〇〇〇円の差額を生ずるにすぎず、右事実誤認は、とうてい判決に影響を及ぼすものとは考えられない。

として被告人有限会社徳島商事を罰金一七〇〇万円に、被告人高橋カイを懲役一年(執行猶予三年)に各処した第一審判決を支持した。

(三) 而して別紙(二)によれば、

実際所得額 一三八、九八三、七九九円

同右(第一審判決) 一三九、七三八、七九九円

逋脱税額 五四、一九三、三〇〇円

同右(第一審判決) 五四、四九五、二〇〇円

である。

(四) ところで、原判決が認定した被告人高橋カイの行為は、行為時においては、昭和五六年法律第五四号脱税に係る罰則の整備等を図るための国税関係法律の一部を改正する法律による改正前の法人税法一五九条一項に該当するものであり、被告会社については右改正前の法人税法一六四条一項・一五九条一項に該当するものである。

そして右改正前の法人税法一五九条は次のとおり規定している。

第一項

偽りその他不正の行為により、第七十四条第一項第二号、第八十九条第二号、第百四条第一項二号、若しくは第百十六条第一項第二号に規定する法人税の額につき法人税を免れ、又は第八十一条第六項の規定による法人税の還付を受けた場合には、法人の代表者、代理人、使用人その他の従業者でその違反行為をした者は、三年以下の懲役若しくは五百万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。

第二項

前項の免れた法人税の額又は同項の還付を受けた法人税の額が五百万円をこえるときは、情状により、同項の罰金は五百万円をこえその免れた法人税の額又は還付を受けた法人税の額に相当する金額以下とすることができる。

また、右改正前の法人税法一六四条一項は次のとおり規定している。

法人の代表者又は法人若しくは人の代理人、使用人その他の従業者がその法人又は人の業務に関して第百五十九条、第百六十条、第百六十二条の違反行為をしたときは、その行偽者を罰するほか、その法人又は人に対して各本条の罰金刑を科する。

(五) 右によって明らかように、被告会社に対する法定刑(なお、処断刑は法定刑に法律上および裁判上の加重減軽を加えたものとされるところ、法律上の刑の加重には、累犯加重と併合罪加重とがあり、裁刑上の刑の加重というものは認められていないのであるから((刑法七二条))、改正前の法人税一五九条二項における罰金の上限の変更は単に処断刑の変更にとどまるべきものとは解されていない。)前記改正前の法人税法一五九条二項によればその上限は五千四百四十九万五千円となるところ、原判決は前記のとおり第一審判決の逋脱税額を減額した認定をしているのであるから、その法廷刑の上限は五千四百十九万三千円となり、両者の法定刑は異なることとなるのである。

このように犯罪に対する構成要件的評価に直接に影響を及ぼす逋脱額が減少し、法定刑が異なることとなった以上、構成要件的評価も別異なものと解されることとなる。このようにして本件は、構成要件相互間の認定の誤りなのであるからその事実の誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかであると考えざるを得ない。

而して第一審判決は、前記改正前の法人税法一五九条二項により被告会社を罰金一七〇〇万円に処しているのであるから右のように、逋脱額の減少という法定刑に直接に影響を及ぼす事実誤認は金額の多寡には関係なく、判決に影響を及ぼすことが明らかであり、これを否定した原判決は刑事訴訟法三八二条の解釈を誤ったもので、これを破棄しなければ著しく正義に反する。

二、以上の各理由により、原判決を破棄してさらに相当の御裁判を仰ぎたく本件上告に及んだ次第である。

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